motoGPについて好き勝手書いちゃいます(^^♪No9 フレディー・スペンサー
どもども!おのです😂
今日はスペンサーのご紹介(^^)/
フレデリック・バーデッド・スペンサーは、1961年12月20日アメリカ合衆国ルイジアナ州出身の元ロードレース世界選手権(当時WGP現在のmotoGP)500ccクラス史上最年少世界チャンピオン😆
1983年に打ち立てられたこの記録は30年間という期間破られる事無く、彼の名は後世に渡り語り継がれる様になった。
この年のWGPを神話にしたもう一人の立役者は、同じ合衆国出身のライダーは勿論この人”キング・ケニー”ことケニー・ロバーツとのギリギリのバトル無くしては語れない。
スペンサーは「少年の頃ケニー・ロバーツに憧れていた」と語っている。
そしてその憧れの存在と同じ舞台で走り勝利したのである。
当時のチーム・メイトの片山敬済は「2人は”神の領域”を走っている。あのペースに付いて行こうと思ったら命が幾つあっても足りないよ」と語っている(^▽^;)
翌1984年HRCは新型マシンNSR500を投入するも、マシンの信頼性が微妙で、前年のチャンピオン・マシンのNS500を交えてのエントリーとなった。
この年は表彰台6回計87㌽の4位という結果に終わる。
そして新たな世界記録達成の1985年は500cc250ccをダブル・エントリーし、両方共ワールドチャンピオンを獲得するという、前代未聞の記録を打ち立てたのである。
このエントリーは現在は認められておらず、今後レギュレーション変更でも無い限り、この大記録は未来永劫破られる事は無いだろう、、。
当時を知るバイク乗り達は今でもスペンサーを崇拝する熱狂的ファンが多い。
ファン目線から見るとフレディー・スペンサーというライダーは別格で、彼の引退(1993年)から25年以上経っているが、スペンサー信者達はスペンサー・レプリカ(アライ社製ヘルメット)を被りバイクに乗り続けている。
現在は世界各地のレース開催地でゲストとして呼ばれれば出向き、自身のレーシング・キャリアを語り、レース終了後にサーキットの安全な走り方を指導する等、モーター・サイクルにしっかりと携わっている。